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2008年3月23日 (日)

学寮での晩餐

ハムステッドの友人宅を辞して、ケンブリッジに向かう。

ケンブリッジ行き列車の出発駅は、キングズクロス。ハリー・ポッターがホグワーツへ向かったあの駅だ。ホームにはちゃんと9 3/4番線↓がある。
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ケンブリッジに到着し早速、留学中所属していたセントジョンズ・カレッジへ。

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全く変わっていない正門を見て、なぜか安心する。

夕刻、フェロー(カレッジの教官)の談話室へと向かった。彼らとの晩餐に出席するためである。セントジョンズの卒業生はハイテーブルでフェローたちと食事をともにする権利(ダイニング・ライト)をもち、ケンブリッジに立ち寄る際にはその権利の行使が強く推奨される。

黒いアカデミックガウンを身にまとい、まずはビクトリア朝時代の内装の談話室でシェリー酒をすすりながら出席者たちと談笑。

定刻になり、バトラー(執事)にうやうやしく促されてダイニングルームへ移動する。四百年を経たダイニングルームは重厚なウッドパネルに囲まれて電灯などは一切なく、明かりはゆらめくキャンドルと暖炉の炎のみ。出席者は一度みな起立する。その中で上席のフェローが神に捧げるラテン語の祈祷を読み上げて一同着席、晩餐が始まる。部屋の薄暗さも含めて、すべては中世から続く伝統である。

宴は適度に抑制のきいたにぎやかさで進む。前菜はロブスターのビスク、メインは子羊の骨付き肉のロースト、そして数万本のボトルを貯蔵するカレッジのワインセラーからは、上等のワインが供せられた。

銀製の水差しや調味料入れ、カトラリーはすべて念入りに磨かれて、ろうそくの明かりを反射させている。やはり丁寧に磨かれた銀のカップに手を伸ばせば、それはもう二百五十年間もこうして毎日使われてきたものだ、と老フェローが自慢する。

一学年上の卒業生が偶然出席していて、数年ぶりにいろいろと話した。彼は化学を専攻し、ともにボート部に所属していた知人である。今年のバンプスではライバルのトリニティに破れて二位だった、などとボート部の四方山話で盛り上がる。

博士号取得後カレッジのリサーチフェローにも選ばれた優秀な研究者だったが、現在は私立高校(パブリックスクール)で教えているという。当然研究者のキャリアを積んでいると思っていたため、私が意外そうな顔をしたのを察したのか「研究よりも教える方が好きなのさ」と説明してくれた。

英文学のワトソン氏、天文学のグリフィス教授、数学のヒューズ博士とハイテーブルの常連たちは健在だ。だが彼らから、半年ほど前にローマ史のクルック教授が鬼籍に入ったことを知らされたのは残念だった。数年前までフェローだったキング教授が英国中央銀行総裁に就任したこと、カレッジのトップであるマスターが代替わりしたこと等を聞き、私がいまどんなことに取り組んでいるかを話しているうちに定刻となる。

鈴が鳴って全員が起立、再び上席のフェローが神と女王とカレッジ創設者レディ・マーガレットに捧げるラテン語の祈祷を読み上げてお開きとなった。場を辞して外に出ると、留学時代に学部での研究を終えて夜遅く自室に戻るときのあの空気の匂いがして、何ともいえぬ懐かしさを抱いた。

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